えっちゃんのこと

えっちゃんは、生まれて初めてできた友達。年齢から3を引くと、友達になってからの年数がわかる。つまり49年来ということになる。子どもの頃は、毎日彼女と遊んだ。片づけも一緒にした。家がすぐそばだったので、ぶらぶら歩いて彼女の家の勝手口に行く。呼び鈴には手が届かないから、大声で叫ぶ。「えっちゃん、遊びましょ!」えっちゃんが「はあい、遊びましょ!」と返事をしてくれるまで、繰り返し叫ぶ。返事が聞こえたら、勝手口からはいっていく。家にはいると、えっちゃんが待っていてくれて「何して遊ぶ?」と聞いてくる。その時の気分に応じて、レゴだったり、庭のアオキの実でままごとだったり。折り紙のコレクション箱を携えていけば、折り紙の交換となる。えっちゃんの美意識は独特で、思いがけないデザインを「これはすばらしい」といったりする。「どうしてこれがすばらしいの?」と聞くと、ちゃんと理由を説明してくれる。黒と赤とオレンジと白の折り紙があった。絵柄は黒猫と魚。色味が地味で、絵は平面的で、好きではなかった。その折り紙を「こんなすてきな折り紙どうしたの?」とえっちゃんが聞いた。わたしはびっくりして「このおりがみのどこがすてきなの?」とたずねた。すると「だって、こんな色あい、みたことないじゃない。すごくすてきだよ」というのだ。なるほどなぁ、と思った。それからその折り紙が特別に思えるようになった。
また、ある日『スモールさんはおとうさん』を見せてくれた。小さい絵本。丸い頭のしゃれた人たちが描いてある。えっちゃんが「買ってもらったんだ、読んであげるね」といって、読み聞かせしてくれる。わたしはその絵本をうっとりと見て、聞いた。ときには、一緒にお絵描きもした。それぞれ思い思いに描いたあと、みせっこする。ある日、わたしが白菜を描いたら、えっちゃんがすごくほめてくれた。「これ、すごくいいね」。えっちゃんが褒めてくれるということは、なかなかいい線いってるんじゃないか、と思えた。えっちゃんは、ころんとした形の動物なんかをよく描いていた。線が整理されていて、迷いのない線だ。えっちゃんが描いた豚の絵がすてきで、わたしは、その描き方を真似て描いた。そして、私たちは仲良しばかりだったのではなく、ちゃんとけんかもした。でもけんかしていると遊べないので、仲直りしたほうが得だということを2人ともよく知っていて、ぽんぽん、と肩をたたいて、笑顔をつくって「にーっ」といって仲直りを提案する。そしてもういっぽうがやはり笑顔で「にーっ」といえば、仲直り成立。「ごめんね」なんてひとこともいわない。「にーっ」だけで済むのだ。その後、別々の小学校にあがって、いっしょに遊ぶ機会が減った。それからは、どんどん疎遠になった。ごく近所にいても、すれ違うこともなくなった。どこの学校に進んだとか、そういうことだけは知っていたけれど・・・。大人になって、絵の展覧会をするようになって、何かのきっかけでえっちゃんが展覧会に来てくれるようになった。久しぶりに会うえっちゃんは杖をついていて、歩きづらそう。でも、丁寧に絵を見てくれる。「どうかな、えっちゃんの意見聞きたいな」というと、「何いってるの、私に意見なんか聞かないでよ」「だって、えっちゃんのセンス信じてるんだもん」というと「やめてよ、何いってるのよ」だって。だんだん、右手が不自由になって、左手で文字を書く練習を始めたといっていた。ときどき、ランチをいっしょに食べた。「病気にさえならなければ、わたしも結婚くらいしてたかもね」という。そうね、きっとおもしろいママになってたね。次に個展に来てくれたときは、車椅子だった。お母さんが押していた。そして、おとどし、施設に移った。高齢者が多い中で、ひときわ若い。会いに行くと、部屋の棚にわたしの描いた絵本を並べてくれている。送った誕生日電報も飾ってある。「だって最初にできた友だちだからね」と必ず言ってくれる。「そうだよね、生まれて初めてできた友だちだもん。これくらいは当然よね」なーんて返事するけどほんとは涙がでるくらい嬉しいんだよ、わたしは。えっちゃんと遊んだ記憶をもとに『おへやだいぼうけん』という絵本を描いたんだから。
827日はえっちゃんの誕生日。それで、昨日、カードとプレゼントを持って会いに行ってきた。「えっちゃん、わかる?りまこだよ」えっちゃんがわたしをじーっと見ている。目を見開いてびっくりしてる様子。だって何の連絡もしないで行ったからね。「りまこだってわかったら、首をたてに動かして」といったら、首をちゃんとたてに振ってくれた。よかったー、わかってくれた。最近、あまり体調がよくなくて、言葉を出すことができなくなってしまっているという。そうなの?でもいいよ、だって、こちらの話はみんなわかってるみたいだもん。あまり暑くなかったから、車椅子を押していっしょに散歩に出た。近くのスーパーマーケットまで行った。そこの棚をゆっくりいっしょに見て歩いて、輸入菓子の棚の前まできた。いちごのクリームのはいったチョコレート。パッケージがすごくきれい。「これすてきだよねー」と見せたら、えっちゃんがそれを手に取った。わ、ちゃんと物が持てるんだ!そうそう、えっちゃんは、こういうきれいなものがほんとに好き。美を愛する女。えっちゃんはいい加減なものは好まない。洗練されて、風変わりなものが一番すきなんだ。それは子どもの頃から変わらない。ローリングストーンズのファンクラブに、はいっていた。欧米の俳優の名前をいっぱい知っていて、どの人もみんな一癖あるハンサム。そんなえっちゃんに、わたしの絵は気に入ってもらえている。うれしい。そしてさらに、えっちゃんの特徴は、おだやかで、無欲で、面倒くさがりなこと。でも、そこがえっちゃんのいいところなんだ。何事にも躍起になったりしない。IPS細胞の研究が早く進んで、えっちゃんの症状がよくなる日がくるように、いつも願っている。えっちゃんは、多発性硬化症という難病。いま、言葉を発することを休んでいるえっちゃん。こんなふうに静かに闘っている人がいる。そのことがわたしの励みになってる。